猛虎かく勝てり836
2013.08.13 Tuesday
“長期ロードの呪縛”
阪神、夏ロード初戦から3カード連続勝ち越し
試合がないスポーツ紙の一面にはこのようなトピックスが打ち出される。
他チームからすれば考えられないことかもしれないが、夏のロードを初戦から3カード
連続で勝ち越しは、なんと1968年以来、45年ぶりとなる偉業だというから今更ながら
驚いてしまう小生です!
和田監督は既に安堵の表情をみせているらしいところは問題だが・・・・
久しぶりにウィキペディアで調べてみたら、しっかり【長期ロード】と【死のロード】で
検索できてしまうから〜野球界のみならずメジャーな熟語となってしまっていることも
悲しいですね。
なぜ猛虎は遠征に弱いのでしょうか・・・・
以下引用です。
1950年代から1970年代半ばまでは常に優勝争いに絡んでいたが、この長期ロードで
敗戦を重ねて上位戦線を脱落し、悪い場合には4位以下(Bクラス)でシーズンを
終えることがあった。さらに1970年代末からチームは低迷し、それに加えて長期ロードでの
成績が際立って悪くなる傾向が顕著になってきたため、俗に「死のロード」と呼ばれるようになった。
何かこのために様々な策を練ってきたようですね〜
1965年〜1979年:京都市西京極総合運動公園野球場(現・わかさスタジアム京都)で3試合を開催。
1973年〜1979年:岡山県営球場で3〜4試合主催公式戦を開催。
1980年〜1988年:福岡市の平和台野球場で2試合の主催公式戦を開催。
3週間以上は関西での試合が無い状態が続く。
しかし1988年から神戸総合運動公園野球場(グリーンスタジアム神戸、現・ほっともっとフィールド)で
高校野球期間中は神戸で主催公式戦を1994年まで行う。
さらに1997年に大阪ドームが完成すると、同ドームで主催公式戦を年3カード前後開催。
特に2007年には8月14日から8月19日まで、同ドームで阪神主催の6連戦が編成されたのは記憶に
新しいですね!
このように、関西でも主催公式戦が行えるようになるなどしたことから「長期遠征」という概念は
年々薄らぎつつあります。また2002年に星野仙一氏が監督就任時、夏の「死のロード」を迎えた
折に報道陣から意気込みを問われた際「もう『死のロード』なんて言うな」と釘を刺したことなども
あって、これ以降は単に「長期ロード」と呼ばれるようにもなったとか・・・・
いかにも猛虎らしいエピソードでしょう。
何が言いたいかと言えば、球場を変えれば勝てるという短絡的な考えが悲しい。
つまり井の中蛙ということを球団が証明してしまっていることです。
夏場は選手とて生身の人間ではないですか。疲れが溜まるのはどこのチームも一緒!
選手も長期ロードを言い訳にできるようになってしまっていることが猛虎の弱点です!
ホームあってのアウェイ!
あまりにも素晴らしい甲子園球場に甘えているだけです!監督コーチ陣がね!
発想の転換をしなさい。外様の星野氏に言われて気が付くようではなりません。
鬼門のナゴヤドームを払拭したではありませんか!(^^)! この勢いで巨人に猛追だ!(^^)!
参考文献:阪神タイガース公式サイト
画像:和田 豊監督
撮影:アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』
撮影日:2013年05月06日
場所:東京ドーム