アナフレ猛虎会

皆様こんにちは。アナフレ猛虎会 通称”頑張れ阪神タイガース☆です。
▼ 猛虎かく勝てり1336
[ 26歳内 ]



“もう一皮剥けないとね“

背番号26番 歳内 宏明投手

登板9勝利0敗北0セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者41投球回9安打8本塁打1四球5死球0三振3暴投2ボーク0失点4自責点3防御率3.00

3年連続で春季キャンプを「沖縄組」で過ごして、プロ入り後初めて、公式戦の開幕を一軍で迎えた今シーズン!
開幕後は、オール救援で9試合に登板。2ホールド、防御率3.00を記録という最高のスタートを切りましたが、4月28日の出場選手登録抹消を境に一軍へ上がることはありませんでした。
オフの10月12日に第1回WBSC U-23ワールドカップの日本代表に選出され、救援で登板した4試合をいずれも無失点に抑えるなど、専門家の評価はいいですね〜あとは一皮剥けて超変革2年目の波に乗って欲しいものです!



参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:歳内 宏明投手


アナフレ猛虎会『うぽって!!☆』


撮影日:2016年03月12日


場所:阪神甲子園球場







author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:00 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり1203
[ 26歳内 ]




“転機となるシーズンに”

背番号26番 歳内 宏明投手

2015年度成績
登板29勝利1敗北1セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者144投球回34 1/3安打15本塁打1四球27死球1三振23暴投0ボーク1失点10自責点10防御率2.62

春季キャンプでは沖縄組のメンバーに選ばれた歳内君。
しかしこのキャンプ中に右肩を痛めてからは二軍で調整となり出遅れました。
6月初めての出場選手登録を果たしましたが、8月の対ジャイアンツ戦で能見君・歳内君・山本君による継投で、球団史上ワーストの公式戦1イニング12失点の失態を!そんな試合がありましたね〜。
シーズン全体では、先発の機会こそなかったものの、一軍公式戦で自己最多の29試合に登板。試合序盤からのロングリリーフや、ビハインドの場面からの登板を中心に好投を続けた結果、1勝1敗2ホールド、防御率2.62という成績を残し、今年の若虎成長株にはなりました。
やはり課題は四球の数が多いことからコントロールかな〜
来季の飛躍が期待できる選手ですね!
画像はありませんので悪しからず。


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:猛虎ナイン


アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース☆』


撮影日:2015年05月02日


場所:東京ドーム
author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:18 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり1039
[ 26歳内 ]




“伸びるか伸び悩むか”

背番号26番 歳内 宏明投手

2014年度成績
登板13勝利1敗北3セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者103投球回24安打23本塁打3四球10死球1三振25暴投0ボーク0失点19自責点18防御率6.75

プロ初勝利を挙げた若虎投手がおりました。
本日は歳内君です。
なかなか覚えづらい名前ですから、印象も薄いけれども、プロの打者と100回以上対戦した経験は大きな財産ではないでしょうか。
春季キャンプを沖縄で迎えたものの、開幕は二軍でスタートした歳内君ですが、ウエスタンリーグの公式戦では開幕投手を務めました。
同日の対横浜DeNA戦で2年振りの先発登板を果たすも、四回3失点で交代。翌日には一軍登録を抹消されるプロの洗礼を浴びました。
しかし7月に再登録されると、対東京ヤクルトスワローズ戦では、四回表無死満塁からの救援登板で1イニングを無得点2奪三振で凌ぐと、その裏に味方が勝ち越したことによって一軍初勝利を挙げました。

一番嬉しい牡丹餅勝利に終わった一年!このまま伸び悩むか・・・それともブレークするかは今年対戦した100回以上のプロの打者との対戦経験かな〜
画像は後ろ姿で恐縮ですが僅か一枚残っていた歳内君です。



参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:歳内 宏明投手


アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2014年04月26日


場所:横浜スタジアム
author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:02 | - | - |
▼ 虎49勝42敗1分け
[ 26歳内 ]


■2014/7/30 試合結果

対ヤクルト 13回戦 甲子園

ヤ|200 101 000|4
神|100 400 00x|5

勝:歳内1勝1敗0S
S:呉昇桓1勝2敗25S
敗:石山1勝5敗0S
ヤクルト:石山 - 松岡 - 山中 - 江村 - 秋吉
阪神:二神 - 歳内 - 榎田 - 安藤 - 福原 - 呉昇桓

7/31の予告先発
ヤ:村中 恭兵
神:能見 篤史
──────────
“ニューヒーロー誕生”

いつも彗星のごとく突然出現するのがニューヒーローである。
そしてその彗星がお立ち台に初めて上がるシーンが増えると、チームも刷新されて活気づく!

今季初先発の二神君は初回、先頭打者を四球で出すと連打を浴びて2失点。直後の一回裏に4番ゴメス君のタイムリーで1点を返しますが、二神君は四回表にも1点を失い無死満塁のピンチを残してマウンドを降ります。
この大ピンチでマウンドに上がった男が二神君からヒーローの座を奪い取ってしまいました!歳内君が試合の流れを変える好リリーフ!
連続三振と内野ゴロで追加点を許さずあの猛燕打線の勢いを止めると、直後の四回裏に2番今成君が同点タイムリー!続く3番鳥谷君も連続タイムリーで一気に逆転に成功します!
五回以降は榎田君、安藤君、福原君、そして呉昇桓君の先輩リレーでリードを守り切った猛虎が5対4で勝利を収め連敗を3でストップしました!





アナフレ目線です
7月☆☆☆☆☆☆☆☆★☆★☆☆☆☆★☆★★★☆
6月△★★
交流戦★☆★☆★☆★★★☆★☆★★☆★★☆★☆☆★★★
5月★★☆★☆★★★★☆★☆★☆☆
4月★☆★★☆☆★★☆★☆☆☆☆☆☆★★☆☆☆☆★☆☆☆★☆☆
怖いもの知らずの投球とは良く言ったもの!まさかあそこまで抑えてくれるとはなんて失礼じゃありませんか〜和田監督様!
二神君とは対象的に、向かっていく姿勢が功を奏しました。
なかなか変則的なフォームで、ワンバウンドでも絶対に後ろにそらせなかった場面、フォークを要求し続けた若きバッテリー梅野君も良かったですね。
後を投げたベテラン中継ぎ陣もお疲れ様!これからが一番仕事が回ってきますな〜AFO:安藤・福原・呉様!
7月☆☆☆☆☆☆☆☆★☆★☆☆☆☆★☆★★★☆
6月△★★
交流戦★☆★☆★☆★★★☆★☆★★☆★★☆★☆☆★★★
5月★★☆★☆★★★★☆★☆★☆☆
4月★☆★★☆☆★★☆★☆☆☆☆☆☆★★☆☆☆☆★☆☆☆★☆☆


画像は3年目で嬉しいプロ初勝利おめでとう!歳内君でした。


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:歳内 宏明投手



アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2014年04月26日



場所:横浜スタジアム
author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 06:59 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり900
[ 26歳内 ]






“大先輩に続け”

背番号26番 歳内 宏明投手
2013年度成績
5登板0勝0敗0S 防御率5.62
完投0 投球回8 奪三振1 自責点5


今年の年末かく勝てりは気のせいかトラッキーやラッキーの登場回数が多いですね〜
小生がサボっているわけではないのですが・・・・今夜のかく勝てりも画像がありません。
歳内 宏明君です!(^^)!

どうやら前年のシーズン終盤から腰痛や体調不良に見舞われ、沖縄の春季キャンプ
から公式戦開幕の直後までは、二軍での調整だったようです。
4月7日にこの年初めての出場選手登録を果たすと、同月24日に登録を抹消される
まで救援要員として5試合に登板。
この5試合で被安打は4本でしたが、そのうち3本が本塁打であり5失点を喫しました。
その後は一軍での登板はなく、防御率5.63でシーズンを終えました。
ウエスタンリーグでは、12試合に登板し2勝3敗、防御率4.87の成績。

かつての甲子園球児でもあり、少年野球時代はあの田中将大投手の後輩だったとか(#^.^#)
来季の一軍マウンドでお会いできることを楽しみにしています(#^.^#)


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:トラッキー


アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2013年06月01日


場所:京セラドーム大阪

author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:07 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり739
[ 26歳内 ]




“若虎の飛躍に期待する”

背番号26番 歳内 宏明投手
2012年度成績
1試合0勝1敗0S 防御率1.80
完投0 投球回5 奪三振3 自責点1

公式サイトの選手プロフィール写真をみると、まだまだ少年の面影すらありますね。
今シーズン1試合のみの登板となったルーキーがおりました!
今夜のかく勝てりは、歳内 宏明投手です!(^^)!

この若虎君「は、2012年甲子園ベストゲームに選ばせていただいた試合に
プロ初先発でマウンドに上がっていました。

応援ありがとう2012 ファン投票受付!3
9月2日の試合ですね。

和田監督の誕生日に、セ・リーグを代表する先発投手の前田投手と投げ合い、
1失点でマウンドを降りるも、良太新井君のサヨナラホームランで黒星が付きま
せんでした。
この悪運の強さのようなものが、何やら将来のラッキーボーイになるような
予感すら感じます。

来季のブレークを期待いたします!(^^)!


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:ラッキー


撮影:アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2012年02月04日


場所:沖縄宜野座村野球場

author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:07 | - | - |


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阪神タイガースおっかけマップ (2005)
阪神タイガースおっかけマップ (2005)

阪神タイガースを語るには何がなくてもまず甲子園球場。大歓声でマンモススタンドが揺れ、ラッキーセブンのジェット風船は夜空が隠れてしまうほど舞い上がる。みなさん人生そのものをタイガースにかけているのだ。甲子園球場はもちろん、その周辺のこと=甲子園の街並みを知っていただきたい。野球とともに歩む姿を。またたくさんの楽しい、うれしいお店がいっぱいある。タイガースOBのお店や、ナインご贔屓のスポット、ファンが集うショップ。・・・・いえいえ甲子園だけではありませんぞ。おとなり尼崎も、芦屋も神戸、大阪も・・・・関西圏をくまなく知っていただこう。もちろん関東の情報も掲載!
野村ノート
野村ノート

ところが、以外な選手に感謝されているということもある。その代表的なのが桧山である。阪神時代、桧山に対しては叱ったことはあっても、野球はこうだ、人生はこうだと懇切丁寧に指導した記憶がない。・・・・平成15年、確か優勝した翌日の新聞だったと思うが、彼のインタビューに目を通し驚いたことがある。「野村さんが阪神の監督だったときは、いっていることがよく理解できなかったんですが、今になってやっとわかってきました」・・・・・桧山のように思ってもみなかった選手から感謝を受けるのも指導者冥利に尽きる。  それにしても人生はまさに一期一会だなあと思う。赤星、藤本は阪神のドラフトリストに名前はなかった。赤星はアマからのキャンプ参加、藤本は社会人選手権大会の観戦に行って、遊撃手を探していたときに目に留まった選手である。・・・・私との縁を大切にし、「考えないよりは考えるほうがいい」「知らないより知っていたほうがいい」と私にいわれ、「なるほどそうだな」と思い、ノートをこまめに取り、そのノートを保存し何度も読み返す。こうしたちょっとの差が、いざ自分が指導する立場になったときに活き、あるいはコーチや監督という地位を得るためのチャンスとなる。逆に出会いや縁を無駄にしてしまう選手は、将来の可能性まで狭めてしまうのである。
猛虎の70年
猛虎の70年

第1章阪神タイガースとは何か・・・・おそらくクソ度胸という点では球界ナンバー1の星野仙一の背中にスーッと寒気が走ったのは、彼が阪神の監督になってすぐのことだった。・・・いや、「恐怖」すら感じたという。それは阪神ファンが試合に感動し、勝利の歌を大合唱し、それが終わると球場の外へ出て、ゾロゾロと甲子園駅に帰るのではなく、球場近くの広場に何千人と集まり、そこでも「六甲颪」の大合唱をやるのだ。ファンはやがて甲子園の駅に移動する。この甲子園駅でもまたも「六甲颪」の大合唱となる。それでも終わらない。阪神電車に乗り込んだファンはそのまま梅田の駅で降りて、その梅田駅コンコースでまたまた「六甲颪」の大合唱である。これが深夜まで続くのだ。「お前ら、あれが聞こえるか?俺達はあの熱狂的なファンに対する責任があるんだ。もしあのファンを裏切ったら・・・・俺はどうなるか知らんゾ」・・・・「俺は勝ちたいんや!そのためにはどうするんや?俺はファンに喜んでもらいたいんや・・・・・」なんとも野暮なセリフである。だがかつて阪神の監督としてこんな直接的な言葉を発した指揮官はいなかった。少年のように「勝ちたいんや!」と絶叫する星野仙一。監督室まで聞こえてくる大合唱、そして海鳴りのようなファンの”鼓動”が星野仙一をギリギリまで追い詰めていったのである。そこには「日本一わがままで、日本一熱心で、日本一我慢強い」と星野が評したファンの姿があった。
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密

チームプレーとは「チームワーク」=「人の和」よりさらに深い考え方で、“人間集団におけるモラルから、グランド上のプレーに至るまで、あらゆる人間行動を網羅した広い考え方”といってよいと思う。
簡単な具体例をあげよう。
いまここで二人の人間がキャッチボールを始めるとする。ボールを握って投げる側は、次のように考える「相手が取りやすいところへとりやすいスピードで投げてやろう。投げ返す時のことも考えて胸元へ投げてやろう」そう考えて投げる。
一方受ける側はどうか。相手がそう考えて投げてもミスすることがある。だから相手の気持ちを察して、「万一とりにくいボールがきても、何とか受けてミスを未然に防いでやろう」この二人の「思いやり」がチームプレーの根本精神である。
 このちいいさな「思いやり」は、やがて「自分の義務と役割を完全に履行」することに広がり、チームのために「自己犠牲」をいとわず、「助け合い」、そしてチーム全員に「感謝」するところにまで高められていく。
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは

チームの要だったON
『チームを預かることになったとき、いつも私が手本としてきたのは川上哲治監督であり、川上監督が率いたV9時代の巨人というチームであった。それではV9巨人のどこが素晴らしかったのだろうか。まずはなんといっても王貞治と長嶋茂雄、すなわちONの存在をあげないわけにいかない。ONは長らく巨人の3番4番に座り続け常にチームの中心であり続けた。ただし私がこの二人を高く評価するのは、彼らが記録や数字を残したからという理由ではない。彼らが中心選手としての役割と責任をまっとうしていたという事実が大きいのである。私は「中心選手はチームの鏡でなければならない」と述べたが、王と長嶋は、まさしくそうであった。他の選手の模範であり続けたのである。そこが凡百の「四番」とONのちがうところなのである。

…その意味で、私は阪神の金本知憲を高く「評価」している。現在の球界で真の「四番」といえるのは彼くらいだろう。彼は少々の故障くらいでは試合を休まない。チームへの忠誠心も高い。金本が移籍してきてから、阪神の選手の意識が明らかに変わった…金本の野球に取り組む態度を見れば、まわりの選手も自然と「このままではいけない」と感じるようになる。また若手選手が直接叱るより先輩が叱ったほうが叱られた若手のショックは少ない。ここ数年の阪神の躍進には、この金本の存在が大きく寄与している』

ドジャースの戦法
ドジャースの戦法

『投手は自分の左側に球を打たれたらすぐさま一塁に向かってスタートする習慣をつけなければならなぬ。ゴロであろうとライナーであろうと変わりはない。直ちに一塁に突進せよ。適当な時に投手がマウンドを離れなかったためにゲームを失ったためしは多い。打球が左側にきたら、投手は真っ直ぐに一塁にスタートし、塁に近付いたらスピードを緩め、右足を塁に触れて、一塁手からの投球を待ち受ける。球を受け取ったら走者との衝突をふせぐために、ファウルラインの内側を二、三歩走り続けるが、この場合もし他の塁にも走者がいたら、投手はできるだけ早くとどまり、必要に応じて他の塁に投球する用意をせねばならない。
走者の足が遅いか、又は他の理由で投手がゆっくり一塁に間に合った時には、塁上で止まって、こちらに投球しようとしている野手の方に向き直り、一塁手のような身のこなしで、体をのばしたり、どちらかの側へ動いたりして、一塁手の代わりをつとめなければならぬ。』
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」

「アホか、みんないいから出ろ!お前たちも行け!」優勝が決まった瞬間、ベンチから選手が一斉に飛び出した。星野はすぐさま裏方に対して叫んだ。
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ

虚像がユニフォームを着ている

広岡監督殿

巨人偵察記・巨人の実像・私が過去三十年、対巨人と戦ってきた印象からみると、最低の巨人といっても過言ではない。人気という点では昔と雲泥の差があっても、実技つまり野球のすべてに対する取組む姿勢が欠けていること。緻密性がない。個人的には優秀な人材はおりますが、チームプレー1つをとってみても投手は三本間に三塁走者を挟みながら、生かしてしまうランダンプレー等がその例。一発で刺さねばいけないプレーをウロウロして生かすということは、過去の巨人では考えられないことです。極端な表現ですが、巨人のユニフォームを着ている虚像にすぎない。−こう断言できます。

このくらいのチームが優勝することはちょっと考えられないことだが、優勝をバックアップしている審判団の判定が大きく作用していることは申すまでもありません。私自身がこの目で見ても、巨人がパ・リーグであれば、近鉄クラスの実力と見ます。それで人気だけが物凄い、まさに虚人です。・・・・・・
1983年10月15日
阪神タイガース
阪神タイガース

序章 黄金時代の幕開け
”遂に来たタイガースの時代”
『この世の春、である。長い長い苦難のときを経て、とうとう阪神タイガースの時代がやって来た』
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)

これまでのプロ野球生活で、胸を張って自慢できることがひとつある。

それは、

「たとえお金にならないことでも、やるべきことを、全力を尽くしてやってきた」

ということだ。

2000年5月12日の第三打席を最後に、翌年9月28日の横浜戦第二打席まで、私は1002打席にわたって一度も併殺打を記録しなかった。これはあまり知られていないが日本記録である。
ただ、常に全力疾走を心掛けていなければ達成できなかった記録でもある。それを私は誇りに思う。

連続フルイニング出場にしても、「すごい」とほめられはしても、直接お金として返ってくるわけではない。

それでも私は、セーフになるチャンスがあれば、一塁に全力疾走する。果敢にボールを追うし、つねに次のベースを目指そうとする。なぜなら

「たとえお金にならないことでも、全力プレーするのがプロ」
そう思っているからである。

「いつケガをしてもいい」そういう覚悟で私は常に試合に臨んでいる。

それが、これまでの私のプロ野球生活を支えた信念であり、いまもつねに自分自身にいいきかせているモットーである。