アナフレ猛虎会

皆様こんにちは。アナフレ猛虎会 通称”頑張れ阪神タイガース☆です。
▼ 猛虎かく勝てり223
[ 前田 ]


“新背番号で選手生命をかけろ”

背番号32番 前田 忠節内野手
1試合 率.000 0打点 0本
打数3 安打0 四死球0 盗塁0

本日新人選手7名が勢揃い!新人選手発表会が大阪市内のホテルで行われました。
育成選手を含めた2009年度のルーキー7人が勢揃いする中、真弓明信新監督は笑顔満開!期待をこめていたそうな!(^^)!

そして新人の背番号決定に伴い、他の選手の背番号変更なども発表になりました。

育成選手契約をいたしました中村泰広選手、木興拓也選手の2選手の背番号ならびに、来季の背番号変更と登録名変更について下記の通りお知らせいたします。

【育成選手の背番号】
中 村  泰 広      126
木 興  拓 也      127

【背番号変更】 
(投手)
金 村  大 裕    17 →  61
杉 山  直 久    18 →  17
筒 井  和 也     19 →  20
辻 本  賢 人    61 → 121
(内野手)
前 田  忠 節    32 →  55
森 田  一 成    64 → 122

【登録名変更】
(投手)
太  陽 → 藤 田  太 陽

なるほど〜エースNo.剥奪が話題となったお杉は17番というのは球団側の配慮でしょうか。いずれにしても期待がこめられているのには間違いありません。
落雷筒井君はむしろ20番といういい番号じゃないですか〜またまた馴れ合い同志の仲良し自主トレしていたら来季も期待できまへんで〜
そのほか背番号が三桁になり、育成枠選手への格下げとなった辻本君!一軍ベンチで君に早くお会いしたいです!
初心に帰れ〜藤田太陽君!背番号が変わらないだけでも、強運の持ち主なのか〜それとも屈辱が足りないことが凶となるか?
いずれにしても、皆スタートラインはいっしょ!
結果が全てのプロ野球選手なり!
第二のアーロム・ひろし・バルディリス君の出現に期待しませう!(^^)!
画像は今季わずか1試合の一軍出場だった男が、虎ゴジラの番号に変更となります!
守備のスペシャリスト!前田忠節君です〜もう君には時間がありません!おそらくラストチャンスになろう男の意地の来シーズンに期待しようではありませんか。



参考文献:阪神タイガース公式サイト

画像:前田 忠節内野手

撮影:アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース☆』

撮影日:07年5月3日

場所: 横浜スタジアム

☆頑張れ阪神タイガース☆


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author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
▼ 猛虎かく勝てり125
[ 前田 ]

”引退をかけた男の戦いを見届けよう”

背番号32前田 忠節内野手
1試合 率.000 0打点 0本
打数0 安打0 四死球0 盗塁0

主力選手が続々と契約更改が決まりはじめている。矢野はんしかり、健太郎しかり、そして三度保留したノッポの橋健もサインをおえました。
そんななか、先月真っ先に更改した男もいる。
今夜の猛虎かく勝てりは、前田 忠節内野手です。

”阪神前田引退かける!100万円ダウン”こんな見出しのネット記事を見かけました。

今年のシーズン終了後に30歳を迎えた前田君は引退をかけ、来シーズンに臨む覚悟です。

彼にとっては毎年が、1年勝負でやってきているはず。たいだいプロ野球選手の平均年齢は29歳。区切りとして30歳でダメだったら辞めるようになるのがこの世界では通例!

100万円ダウンの1500万円での更改に対しても、”契約していただいただけでありがたい”と神妙な顔つきで語っていたそうな。

昨年沖原選手とのトレードで楽天から阪神タイガースにやってきた前田君は、なんと高校時代は投手として甲子園に出場。タイガースが補強を試みたあの福留選手とPL学園の同級生として夏の甲子園ベスト8まで勝ち抜いているんですね!プロ入り後は遊撃手に転向するも、近鉄時代には400試合以上に出場した前田君ですが、タイガースにきた昨年は出場試合は4試合。今年はわずか1試合でかつ、打席には一度も立っていないと記憶いたします。

今年の春季沖縄キャンプでは、下半身のバランスの良さからのフィールディングの素晴らしさだけを捉えれば、その他の野手を寄せ付けないチームナンバーワンの守備力があると小生は声を大にして主張しますo(^-^)o

”契約していただいただけで嬉しい”

このような決意でこのオフに汗を流す縦縞選手はこの前田君だけではなかろう!

引退をかけた最後のシーズンに挑む縦縞選手達の姿も、我等虎党は見守ってまっせ!


画像:前田 忠節内野手

撮影:アナフレ猛虎会『応援団長☆』

撮影日:07年2月7日

場所:沖縄宜野座村野球場

☆頑張れ阪神タイガース☆

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author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
▼ 2007年猛虎キャンプリポート 4
[ 前田 ]


第一クール終了

”投手への訓示”

マウンドは投手の晴れ舞台!自分を表現する大舞台!華麗に、力強く、最大限に表現せよ!!

”野手への訓示”

まず決意!そして必ず勝つ、その決意の深さが大成長への条件!!

第一クール最終日の宜野座は素晴らしい晴天にめぐまれ、最初の日曜日とあって沢山のファンが集まり、サイン会も行われました(^-^)/
羨ましいですね〜

さて、昨日腰痛でリタイアした赤星君!今日は軽めに体を動かすメニューで登場です。大事に大事に。

ブルペンでは今日も飛ばしに飛ばす久保田君!

そしてポスト井川最有力候補!もみあげがスッキリの杉山君(^-^)/
メイングランドでは今日も元気だ鳥谷君と5番復活をかける今岡君。

午前中は和田コーチのベースランニングの練習。昨年の中日との差はこのベースランにあったともいわれてます。ヘッドスライディング締めの猛アピールは、ベテランの前田忠節選手です(^-^)/昨年の怪我から完全復活!鳥谷君のショートストップポジションを虎視眈々と狙います!

再びブルペンは福原隊長と安藤君!風格がでてきた二人の安定感は別格ですね(^-^)/

そして居残りは中村泰君と太陽君。特に、中西コーチが付きっきりのコーチングは太陽投手。今年7年目のブレイクの兆しがおおいに期待できます。

今年は先発ローテ枠争いが本当に熾烈ですね(^-^)/
福原隊長、髭武者下柳、安藤君の三名が確実ですが、残りの三枠を以下12名が争います。↓↓↓

三東、中村泰、能見、太陽、杉山、筒井、岩田、江草、小嶋、久保田、ボーグルソン、ジャン
アナフレ猛虎会の皆々様は誰が勝ち取ると思われますか?
誰が入ってもおかしくないですね(^-^)/

そんな熾烈な争いを残して、井川君が本日ニューヨークに飛び立ちました(^-^)/

明日はキャンプ休日ですが、お待たせいたしました。いよいよアナフレ猛虎会の応援団長を筆頭に、宜野座キャンプインです(^-^)/テレビ映るかしっかりチェックしてますぜい(^O^)/
行ってらっしゃいまほ〜('-^*)/

画像:前田忠節内野手(写真奥)

撮影:アナフレ猛虎会『濱ちゃん気になる〜☆』

撮影日:06年4月26日

場所:横浜スタジアム

☆頑張れ阪神タイガース☆

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author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 22:03 | comments(1) | trackbacks(0) |
▼ 猛虎かく勝てり63
[ 前田 ]


”守備の達人の全快と奮起に期待する”

今シーズンの公式戦に僅か1試合のみに出場した選手がいる。
昨年楽天から沖原君との交換トレードでやってきた男!
今夜は前田 忠節内野手です。

1977年10月4日生まれ、和歌山県出身右投げ右打ち。背番号は今年から32番になりました。
新人の前田大和君の話題ばかりが聞こえてきますが、悪いニュースが伝わってきました。

06年10月19日にフェニックスリーグで出塁した際、選手と交錯して肋骨を骨折しました。

秋季キャンプ前のアンラッキーな故障は残念です。ゆっくり治して、来春には元気な姿をみせて欲しいですね〜(^-^)/

06年度ファームでの打撃成績です。
試合68 打数133 安打31 二塁打7 三塁打0 本塁打2 打点12 盗塁1 四球11 死球1 打率.233

もともと守備には定評があり、今季開幕一軍入りを果たしましたが、唯一出場した1試合は、終盤三塁の守備固めについたと記憶します。中村豊君は別格としても、この前田君しかり、前述の上坂君などなど、振り返る時間はありませんな!ただただ貪欲に、数少ないチャンスを逃さず、這い上がってくるのみが残された選択肢でしょう。

主にファームでは二遊間を若手のホープ大和君と交互に守っていた前田忠節君!
ドジャースの戦法を再び学びます。↓↓↓遊撃というポジションは、「いとまなき場所」といってもいいだろう。遊撃手の手を借りないプレーはほとんどない。私に言わせれば、遊撃手はチームの「キー・プレイヤー」である。遊撃手は、もっとも厳しい試練を通過した若者の座である。遊撃手と二塁手とは、ゲームの前に、必ず二人だけで投球のウォームアップをしなくてはならない。こうして互いの投球モーションを知っておけば、ゲームの中で、相手の投球スピードが速かったりおそかったりしても、球を逃すということがない。遊撃手はちょっとでもファンブルなどしてはいられない。遊撃と一塁の間は遠いからである。遊撃手は体をのばすひまもなく、球をとったその場所から投球しなければならない。↑↑↑

前田忠節29歳。プロ9年目のシーズン開幕まで残された時間は限られています!
まずは怪我を完治させて、ベストコンディションで来春キャンプにのぞみたいですねo(^-^)o

引用文献:アル・カンパニス著『ドジャースの戦法』ベースボールマガジン社

画像:前田 忠節内野手

撮影:アナフレ猛虎会『広報部長☆』

撮影日:06年4月23日

場所:東京ドーム

☆頑張れ阪神タイガース☆

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author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
▼ 日本一奪還に向けてNo35
[ 前田 ]
2005年11月27日 20時40分

本日は前田 忠節(まえだ ただとき)内野手(ショート)です。 1977年10月4日生 右投げ右打ち 和歌山県出身 PL学園高?東洋大 05年6月10日、沖原佳典選手との交換トレードで楽天から移籍してきました。1999年ドラフト3位で近鉄に入団し、05年に近鉄とオリックスの合併に伴い行われた分配ドラフトにより楽天に移籍。高校時代は投手ながら通算15本塁打を記録。1995年の高校3年時には、夏の甲子園のマウンドに立っており、準々決勝で智弁学園に敗れるが、この時のチームメイトに中日・福留孝介選手、1年後輩で前川勝彦投手、ソフトバンク・荒金久雄選手が居ました。大学進学後、野手に転向。チームメイトに3年先輩で今岡誠選手、1年先輩で福原忍投手が居ます。近鉄時代の1年目は開幕スタメンに名を連ねて100試合に出場。2年目の01年には、日本シリーズに3試合出場している。(ただし、守備についたのみ)今シーズンも守備と代走での出場のみです。3試合 率.000 0打点 0本 打数 安打0 四死球0 盗
塁0
今年の長期ロード中に、公式サイトに前田君が紹介れてました(^_^)v「守備を買われてのトレードだと思うんで守備は勿論、サポート的なバントとかつなぎ役をキッチリやりたい」そう抱負を語ってます。「自分がここで投げてたなんて…高校の時は何とも思わず普通にプレーしてたのに、プロ入って改めて見たら、凄いとこやなぁ〜と」。中でも片岡選手は自分にとって特別な存在だそうで、小学1年の時にテレビで見た高校野球。桑田・清原のKKコンビに衝撃を受け、その3年後、片岡選手の活躍に感動し、早くもPL学園への進学を心に決めたそうです。つまり、自分の野球の原点となる人が片岡先生のようですね!内野ならどこでも守れる守備力をアピールして、このPL学園出身の若者の奮起を期待いたしませう(^_^)v
☆頑張れ阪神タイガース☆
author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) |


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阪神タイガースおっかけマップ (2005)
阪神タイガースおっかけマップ (2005)

阪神タイガースを語るには何がなくてもまず甲子園球場。大歓声でマンモススタンドが揺れ、ラッキーセブンのジェット風船は夜空が隠れてしまうほど舞い上がる。みなさん人生そのものをタイガースにかけているのだ。甲子園球場はもちろん、その周辺のこと=甲子園の街並みを知っていただきたい。野球とともに歩む姿を。またたくさんの楽しい、うれしいお店がいっぱいある。タイガースOBのお店や、ナインご贔屓のスポット、ファンが集うショップ。・・・・いえいえ甲子園だけではありませんぞ。おとなり尼崎も、芦屋も神戸、大阪も・・・・関西圏をくまなく知っていただこう。もちろん関東の情報も掲載!
野村ノート
野村ノート

ところが、以外な選手に感謝されているということもある。その代表的なのが桧山である。阪神時代、桧山に対しては叱ったことはあっても、野球はこうだ、人生はこうだと懇切丁寧に指導した記憶がない。・・・・平成15年、確か優勝した翌日の新聞だったと思うが、彼のインタビューに目を通し驚いたことがある。「野村さんが阪神の監督だったときは、いっていることがよく理解できなかったんですが、今になってやっとわかってきました」・・・・・桧山のように思ってもみなかった選手から感謝を受けるのも指導者冥利に尽きる。  それにしても人生はまさに一期一会だなあと思う。赤星、藤本は阪神のドラフトリストに名前はなかった。赤星はアマからのキャンプ参加、藤本は社会人選手権大会の観戦に行って、遊撃手を探していたときに目に留まった選手である。・・・・私との縁を大切にし、「考えないよりは考えるほうがいい」「知らないより知っていたほうがいい」と私にいわれ、「なるほどそうだな」と思い、ノートをこまめに取り、そのノートを保存し何度も読み返す。こうしたちょっとの差が、いざ自分が指導する立場になったときに活き、あるいはコーチや監督という地位を得るためのチャンスとなる。逆に出会いや縁を無駄にしてしまう選手は、将来の可能性まで狭めてしまうのである。
猛虎の70年
猛虎の70年

第1章阪神タイガースとは何か・・・・おそらくクソ度胸という点では球界ナンバー1の星野仙一の背中にスーッと寒気が走ったのは、彼が阪神の監督になってすぐのことだった。・・・いや、「恐怖」すら感じたという。それは阪神ファンが試合に感動し、勝利の歌を大合唱し、それが終わると球場の外へ出て、ゾロゾロと甲子園駅に帰るのではなく、球場近くの広場に何千人と集まり、そこでも「六甲颪」の大合唱をやるのだ。ファンはやがて甲子園の駅に移動する。この甲子園駅でもまたも「六甲颪」の大合唱となる。それでも終わらない。阪神電車に乗り込んだファンはそのまま梅田の駅で降りて、その梅田駅コンコースでまたまた「六甲颪」の大合唱である。これが深夜まで続くのだ。「お前ら、あれが聞こえるか?俺達はあの熱狂的なファンに対する責任があるんだ。もしあのファンを裏切ったら・・・・俺はどうなるか知らんゾ」・・・・「俺は勝ちたいんや!そのためにはどうするんや?俺はファンに喜んでもらいたいんや・・・・・」なんとも野暮なセリフである。だがかつて阪神の監督としてこんな直接的な言葉を発した指揮官はいなかった。少年のように「勝ちたいんや!」と絶叫する星野仙一。監督室まで聞こえてくる大合唱、そして海鳴りのようなファンの”鼓動”が星野仙一をギリギリまで追い詰めていったのである。そこには「日本一わがままで、日本一熱心で、日本一我慢強い」と星野が評したファンの姿があった。
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密

チームプレーとは「チームワーク」=「人の和」よりさらに深い考え方で、“人間集団におけるモラルから、グランド上のプレーに至るまで、あらゆる人間行動を網羅した広い考え方”といってよいと思う。
簡単な具体例をあげよう。
いまここで二人の人間がキャッチボールを始めるとする。ボールを握って投げる側は、次のように考える「相手が取りやすいところへとりやすいスピードで投げてやろう。投げ返す時のことも考えて胸元へ投げてやろう」そう考えて投げる。
一方受ける側はどうか。相手がそう考えて投げてもミスすることがある。だから相手の気持ちを察して、「万一とりにくいボールがきても、何とか受けてミスを未然に防いでやろう」この二人の「思いやり」がチームプレーの根本精神である。
 このちいいさな「思いやり」は、やがて「自分の義務と役割を完全に履行」することに広がり、チームのために「自己犠牲」をいとわず、「助け合い」、そしてチーム全員に「感謝」するところにまで高められていく。
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは

チームの要だったON
『チームを預かることになったとき、いつも私が手本としてきたのは川上哲治監督であり、川上監督が率いたV9時代の巨人というチームであった。それではV9巨人のどこが素晴らしかったのだろうか。まずはなんといっても王貞治と長嶋茂雄、すなわちONの存在をあげないわけにいかない。ONは長らく巨人の3番4番に座り続け常にチームの中心であり続けた。ただし私がこの二人を高く評価するのは、彼らが記録や数字を残したからという理由ではない。彼らが中心選手としての役割と責任をまっとうしていたという事実が大きいのである。私は「中心選手はチームの鏡でなければならない」と述べたが、王と長嶋は、まさしくそうであった。他の選手の模範であり続けたのである。そこが凡百の「四番」とONのちがうところなのである。

…その意味で、私は阪神の金本知憲を高く「評価」している。現在の球界で真の「四番」といえるのは彼くらいだろう。彼は少々の故障くらいでは試合を休まない。チームへの忠誠心も高い。金本が移籍してきてから、阪神の選手の意識が明らかに変わった…金本の野球に取り組む態度を見れば、まわりの選手も自然と「このままではいけない」と感じるようになる。また若手選手が直接叱るより先輩が叱ったほうが叱られた若手のショックは少ない。ここ数年の阪神の躍進には、この金本の存在が大きく寄与している』

ドジャースの戦法
ドジャースの戦法

『投手は自分の左側に球を打たれたらすぐさま一塁に向かってスタートする習慣をつけなければならなぬ。ゴロであろうとライナーであろうと変わりはない。直ちに一塁に突進せよ。適当な時に投手がマウンドを離れなかったためにゲームを失ったためしは多い。打球が左側にきたら、投手は真っ直ぐに一塁にスタートし、塁に近付いたらスピードを緩め、右足を塁に触れて、一塁手からの投球を待ち受ける。球を受け取ったら走者との衝突をふせぐために、ファウルラインの内側を二、三歩走り続けるが、この場合もし他の塁にも走者がいたら、投手はできるだけ早くとどまり、必要に応じて他の塁に投球する用意をせねばならない。
走者の足が遅いか、又は他の理由で投手がゆっくり一塁に間に合った時には、塁上で止まって、こちらに投球しようとしている野手の方に向き直り、一塁手のような身のこなしで、体をのばしたり、どちらかの側へ動いたりして、一塁手の代わりをつとめなければならぬ。』
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」

「アホか、みんないいから出ろ!お前たちも行け!」優勝が決まった瞬間、ベンチから選手が一斉に飛び出した。星野はすぐさま裏方に対して叫んだ。
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ

虚像がユニフォームを着ている

広岡監督殿

巨人偵察記・巨人の実像・私が過去三十年、対巨人と戦ってきた印象からみると、最低の巨人といっても過言ではない。人気という点では昔と雲泥の差があっても、実技つまり野球のすべてに対する取組む姿勢が欠けていること。緻密性がない。個人的には優秀な人材はおりますが、チームプレー1つをとってみても投手は三本間に三塁走者を挟みながら、生かしてしまうランダンプレー等がその例。一発で刺さねばいけないプレーをウロウロして生かすということは、過去の巨人では考えられないことです。極端な表現ですが、巨人のユニフォームを着ている虚像にすぎない。−こう断言できます。

このくらいのチームが優勝することはちょっと考えられないことだが、優勝をバックアップしている審判団の判定が大きく作用していることは申すまでもありません。私自身がこの目で見ても、巨人がパ・リーグであれば、近鉄クラスの実力と見ます。それで人気だけが物凄い、まさに虚人です。・・・・・・
1983年10月15日
阪神タイガース
阪神タイガース

序章 黄金時代の幕開け
”遂に来たタイガースの時代”
『この世の春、である。長い長い苦難のときを経て、とうとう阪神タイガースの時代がやって来た』
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)

これまでのプロ野球生活で、胸を張って自慢できることがひとつある。

それは、

「たとえお金にならないことでも、やるべきことを、全力を尽くしてやってきた」

ということだ。

2000年5月12日の第三打席を最後に、翌年9月28日の横浜戦第二打席まで、私は1002打席にわたって一度も併殺打を記録しなかった。これはあまり知られていないが日本記録である。
ただ、常に全力疾走を心掛けていなければ達成できなかった記録でもある。それを私は誇りに思う。

連続フルイニング出場にしても、「すごい」とほめられはしても、直接お金として返ってくるわけではない。

それでも私は、セーフになるチャンスがあれば、一塁に全力疾走する。果敢にボールを追うし、つねに次のベースを目指そうとする。なぜなら

「たとえお金にならないことでも、全力プレーするのがプロ」
そう思っているからである。

「いつケガをしてもいい」そういう覚悟で私は常に試合に臨んでいる。

それが、これまでの私のプロ野球生活を支えた信念であり、いまもつねに自分自身にいいきかせているモットーである。