アナフレ猛虎会

皆様こんにちは。アナフレ猛虎会 通称”頑張れ阪神タイガース☆です。
▼ 猛虎かく勝てり1319
[ 47山本 ]


“迫力を感じないマウンド“

背番号47番 山本 翔也投手

登板6勝利0敗北0セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者14投球回3 1/3安打3本塁打0四球1死球0三振1暴投0ボーク0失点2自責点2防御率5.40

自分がどんな投手か迷いを感じる投手もいれば、弱気なピッチングでかわそうとするようなピッチングをする投手がいる。
この男は後者かなあ
独特な投球フォームという最高の武器を利用して、ぐいぐいジェフのように三振を奪っていかねばならない左腕のサイドスロー投手が逃げのピッチングでは話になりませんぞ!
名前のごとく飛翔はあり得るか?来季の成長に期待して。


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:山本 翔也投手


アナフレ猛虎会『うぽって!!☆』


撮影日:2016年05月14日


場所:上富田運動公園野球場






author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:05 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり1187
[ 47山本 ]

“即戦力でないとね〜”

背番号47番 山本 翔也投手

2015年度成績
登板7勝利1敗北0セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者46投球回10 2/3安打11本塁打0四球3死球0三振10暴投0ボーク0失点5自責点5防御率4.22

社会人出身であるなら、即戦力でないと意味がないはず。
2年連続で開幕一軍入りを逃したものの、その後のウエスタン・リーグ公式戦で11試合連続無失点を記録し、開幕から通算24回3分の1イニングで3点しか失っていないことが評価されて、5月26日に出場選手登録を果たした今シーズン。
対埼玉西武ライオンズ戦6回裏に、シーズン初の一軍公式戦登板を果たしました。
7点ビハインドの救援登板ながら、西武の強打者トリオ(4番:中村剛也、5番:エルネスト・メヒア、6番:森友哉)から3者連続三振を奪うなど、2イニングを無失点に抑え結果を残しました。
球団通算10,001試合目の公式戦に当たる対横浜DeNAベイスターズ戦で一軍初先発を果たすと、5回2失点という内容で初勝利を挙げるとともに、チームのセントラル・リーグ首位浮上に貢献。
その一方で、8月の対ジャイアンツ戦5回裏には、能見君・歳内君・山本君による継投で球団史上ワーストの公式戦1イニング12失点を記録してしまう失態も。
結局シーズン通算では、一軍公式戦7試合に登板しましたが、初勝利を挙げたDeNA戦以外はすべて救援での起用でした。
もう一つ特徴がない選手ですね〜自分はどういうタイプの投手なのかがわかりません。
社会人出身なだけに、即戦力でないとね〜
来季の飛躍に期待しましょう!
参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:猛虎ナイン




アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース☆』


撮影日:2015年03月15日


場所:横浜スタジアム
















author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 06:49 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり1026
[ 47山本 ]




“来季は飛躍せよ”

背番号47番 山本 翔也投手

2014年度成績
登板2勝利0敗北0セーブ0完投0完封勝0無四球0対打者6投球回1安打3本塁打0四球0死球0三振1暴投0ボーク0失点1自責点1防御率9.00


沖縄では注目度ナンバーワンでございましたね〜
本日のかく勝てりは山本君です。
春季キャンプでは話題を独占していましたね〜
しかしキャンプ後のオープン戦4試合に登板しましたが、3月の巨人戦で、自身と同じ新人選手の小林誠司に逆転満塁本塁打を浴びるなど、防御率13.50(0勝1敗)と不振だったため開幕一軍を逃しました。
そして7月に加藤君と入れ替わる格好で一軍へ昇格し、27日の対広島戦5回裏に2番手投手として一軍デビュー果たしましたが、次の対ヤクルト戦で、左打者に2安打を浴び1失点。2試合で左打者に4打数3安打と打ち込まれたため、二軍に降格しました。
結果的に沖縄のブルペンエースとなってしまった山本君でしたが、そのまファームでは34試合に登板し防御率1.95を記録しています。
潜在能力はあるのでしょう!


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:トラッキー


アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2014年03月29日


場所:東京ドーム
author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 06:51 | - | - |
▼ 猛虎かく勝てり930
[ 47山本 ]






“キャンプMVP”


さて、昨日は安芸のMVPを紹介いたしましたが、本日は宜野座のMVPです。
和田監督が指名したのは、ドラフト5位山本翔也君でございます。
変則フォームから繰り出す多彩なボールで、実戦でも結果を残しました。
新人合同自主トレでの出遅れから一転、アピールに成功。中継ぎ左腕不足を
解消する存在に首脳陣の期待が高まります。

練習試合2試合で二回無安打無失点だったことを評価され、初めてのキャンプを
完走し、MVPまで受賞。目標はさらに上がる。
ルーキー唯一の社会人出身。変則左腕はOBの遠山氏にも例えられ、
宜野座ブルペンから話題をもぎ取り、呉 昇桓君と共に注目される。
明るいキャラクターも受けたらしく、藤浪君ら後輩からも連日いじられ、
すぐにチームにもとけ込んだようでございます。

猛虎の中継ぎ左腕は、36歳加藤君がチーム最多61試合に登板。
防御率1・97を誇ったが、加藤君に次ぐ存在はシーズン通じて不在であり
課題の1つでした。
今季は、実績ある筒井君が先発に転向。戦力外となったロッテから移籍した
吉見君、昨季1試合登板の高宮君らが候補ですが、どうやら新人の山本君が
一歩リードしそうですネ!

山本君の画像もまだありませんので、キー太君でご勘弁ください(#^.^#)


参考文献:阪神タイガース公式サイト


画像:キー太


撮影:アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2013年08月15日

 
場所:京セラドーム大阪

author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:04 | - | - |


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阪神タイガースおっかけマップ (2005)
阪神タイガースおっかけマップ (2005)

阪神タイガースを語るには何がなくてもまず甲子園球場。大歓声でマンモススタンドが揺れ、ラッキーセブンのジェット風船は夜空が隠れてしまうほど舞い上がる。みなさん人生そのものをタイガースにかけているのだ。甲子園球場はもちろん、その周辺のこと=甲子園の街並みを知っていただきたい。野球とともに歩む姿を。またたくさんの楽しい、うれしいお店がいっぱいある。タイガースOBのお店や、ナインご贔屓のスポット、ファンが集うショップ。・・・・いえいえ甲子園だけではありませんぞ。おとなり尼崎も、芦屋も神戸、大阪も・・・・関西圏をくまなく知っていただこう。もちろん関東の情報も掲載!
野村ノート
野村ノート

ところが、以外な選手に感謝されているということもある。その代表的なのが桧山である。阪神時代、桧山に対しては叱ったことはあっても、野球はこうだ、人生はこうだと懇切丁寧に指導した記憶がない。・・・・平成15年、確か優勝した翌日の新聞だったと思うが、彼のインタビューに目を通し驚いたことがある。「野村さんが阪神の監督だったときは、いっていることがよく理解できなかったんですが、今になってやっとわかってきました」・・・・・桧山のように思ってもみなかった選手から感謝を受けるのも指導者冥利に尽きる。  それにしても人生はまさに一期一会だなあと思う。赤星、藤本は阪神のドラフトリストに名前はなかった。赤星はアマからのキャンプ参加、藤本は社会人選手権大会の観戦に行って、遊撃手を探していたときに目に留まった選手である。・・・・私との縁を大切にし、「考えないよりは考えるほうがいい」「知らないより知っていたほうがいい」と私にいわれ、「なるほどそうだな」と思い、ノートをこまめに取り、そのノートを保存し何度も読み返す。こうしたちょっとの差が、いざ自分が指導する立場になったときに活き、あるいはコーチや監督という地位を得るためのチャンスとなる。逆に出会いや縁を無駄にしてしまう選手は、将来の可能性まで狭めてしまうのである。
猛虎の70年
猛虎の70年

第1章阪神タイガースとは何か・・・・おそらくクソ度胸という点では球界ナンバー1の星野仙一の背中にスーッと寒気が走ったのは、彼が阪神の監督になってすぐのことだった。・・・いや、「恐怖」すら感じたという。それは阪神ファンが試合に感動し、勝利の歌を大合唱し、それが終わると球場の外へ出て、ゾロゾロと甲子園駅に帰るのではなく、球場近くの広場に何千人と集まり、そこでも「六甲颪」の大合唱をやるのだ。ファンはやがて甲子園の駅に移動する。この甲子園駅でもまたも「六甲颪」の大合唱となる。それでも終わらない。阪神電車に乗り込んだファンはそのまま梅田の駅で降りて、その梅田駅コンコースでまたまた「六甲颪」の大合唱である。これが深夜まで続くのだ。「お前ら、あれが聞こえるか?俺達はあの熱狂的なファンに対する責任があるんだ。もしあのファンを裏切ったら・・・・俺はどうなるか知らんゾ」・・・・「俺は勝ちたいんや!そのためにはどうするんや?俺はファンに喜んでもらいたいんや・・・・・」なんとも野暮なセリフである。だがかつて阪神の監督としてこんな直接的な言葉を発した指揮官はいなかった。少年のように「勝ちたいんや!」と絶叫する星野仙一。監督室まで聞こえてくる大合唱、そして海鳴りのようなファンの”鼓動”が星野仙一をギリギリまで追い詰めていったのである。そこには「日本一わがままで、日本一熱心で、日本一我慢強い」と星野が評したファンの姿があった。
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密

チームプレーとは「チームワーク」=「人の和」よりさらに深い考え方で、“人間集団におけるモラルから、グランド上のプレーに至るまで、あらゆる人間行動を網羅した広い考え方”といってよいと思う。
簡単な具体例をあげよう。
いまここで二人の人間がキャッチボールを始めるとする。ボールを握って投げる側は、次のように考える「相手が取りやすいところへとりやすいスピードで投げてやろう。投げ返す時のことも考えて胸元へ投げてやろう」そう考えて投げる。
一方受ける側はどうか。相手がそう考えて投げてもミスすることがある。だから相手の気持ちを察して、「万一とりにくいボールがきても、何とか受けてミスを未然に防いでやろう」この二人の「思いやり」がチームプレーの根本精神である。
 このちいいさな「思いやり」は、やがて「自分の義務と役割を完全に履行」することに広がり、チームのために「自己犠牲」をいとわず、「助け合い」、そしてチーム全員に「感謝」するところにまで高められていく。
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは

チームの要だったON
『チームを預かることになったとき、いつも私が手本としてきたのは川上哲治監督であり、川上監督が率いたV9時代の巨人というチームであった。それではV9巨人のどこが素晴らしかったのだろうか。まずはなんといっても王貞治と長嶋茂雄、すなわちONの存在をあげないわけにいかない。ONは長らく巨人の3番4番に座り続け常にチームの中心であり続けた。ただし私がこの二人を高く評価するのは、彼らが記録や数字を残したからという理由ではない。彼らが中心選手としての役割と責任をまっとうしていたという事実が大きいのである。私は「中心選手はチームの鏡でなければならない」と述べたが、王と長嶋は、まさしくそうであった。他の選手の模範であり続けたのである。そこが凡百の「四番」とONのちがうところなのである。

…その意味で、私は阪神の金本知憲を高く「評価」している。現在の球界で真の「四番」といえるのは彼くらいだろう。彼は少々の故障くらいでは試合を休まない。チームへの忠誠心も高い。金本が移籍してきてから、阪神の選手の意識が明らかに変わった…金本の野球に取り組む態度を見れば、まわりの選手も自然と「このままではいけない」と感じるようになる。また若手選手が直接叱るより先輩が叱ったほうが叱られた若手のショックは少ない。ここ数年の阪神の躍進には、この金本の存在が大きく寄与している』

ドジャースの戦法
ドジャースの戦法

『投手は自分の左側に球を打たれたらすぐさま一塁に向かってスタートする習慣をつけなければならなぬ。ゴロであろうとライナーであろうと変わりはない。直ちに一塁に突進せよ。適当な時に投手がマウンドを離れなかったためにゲームを失ったためしは多い。打球が左側にきたら、投手は真っ直ぐに一塁にスタートし、塁に近付いたらスピードを緩め、右足を塁に触れて、一塁手からの投球を待ち受ける。球を受け取ったら走者との衝突をふせぐために、ファウルラインの内側を二、三歩走り続けるが、この場合もし他の塁にも走者がいたら、投手はできるだけ早くとどまり、必要に応じて他の塁に投球する用意をせねばならない。
走者の足が遅いか、又は他の理由で投手がゆっくり一塁に間に合った時には、塁上で止まって、こちらに投球しようとしている野手の方に向き直り、一塁手のような身のこなしで、体をのばしたり、どちらかの側へ動いたりして、一塁手の代わりをつとめなければならぬ。』
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」

「アホか、みんないいから出ろ!お前たちも行け!」優勝が決まった瞬間、ベンチから選手が一斉に飛び出した。星野はすぐさま裏方に対して叫んだ。
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ

虚像がユニフォームを着ている

広岡監督殿

巨人偵察記・巨人の実像・私が過去三十年、対巨人と戦ってきた印象からみると、最低の巨人といっても過言ではない。人気という点では昔と雲泥の差があっても、実技つまり野球のすべてに対する取組む姿勢が欠けていること。緻密性がない。個人的には優秀な人材はおりますが、チームプレー1つをとってみても投手は三本間に三塁走者を挟みながら、生かしてしまうランダンプレー等がその例。一発で刺さねばいけないプレーをウロウロして生かすということは、過去の巨人では考えられないことです。極端な表現ですが、巨人のユニフォームを着ている虚像にすぎない。−こう断言できます。

このくらいのチームが優勝することはちょっと考えられないことだが、優勝をバックアップしている審判団の判定が大きく作用していることは申すまでもありません。私自身がこの目で見ても、巨人がパ・リーグであれば、近鉄クラスの実力と見ます。それで人気だけが物凄い、まさに虚人です。・・・・・・
1983年10月15日
阪神タイガース
阪神タイガース

序章 黄金時代の幕開け
”遂に来たタイガースの時代”
『この世の春、である。長い長い苦難のときを経て、とうとう阪神タイガースの時代がやって来た』
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)

これまでのプロ野球生活で、胸を張って自慢できることがひとつある。

それは、

「たとえお金にならないことでも、やるべきことを、全力を尽くしてやってきた」

ということだ。

2000年5月12日の第三打席を最後に、翌年9月28日の横浜戦第二打席まで、私は1002打席にわたって一度も併殺打を記録しなかった。これはあまり知られていないが日本記録である。
ただ、常に全力疾走を心掛けていなければ達成できなかった記録でもある。それを私は誇りに思う。

連続フルイニング出場にしても、「すごい」とほめられはしても、直接お金として返ってくるわけではない。

それでも私は、セーフになるチャンスがあれば、一塁に全力疾走する。果敢にボールを追うし、つねに次のベースを目指そうとする。なぜなら

「たとえお金にならないことでも、全力プレーするのがプロ」
そう思っているからである。

「いつケガをしてもいい」そういう覚悟で私は常に試合に臨んでいる。

それが、これまでの私のプロ野球生活を支えた信念であり、いまもつねに自分自身にいいきかせているモットーである。