アナフレ猛虎会

皆様こんにちは。アナフレ猛虎会 通称”頑張れ阪神タイガース☆です。
▼ 皆様よいお年をお迎えください(^O^)/
[ 桧山 ]





”今年一番嬉しかったシーン”

アナフレ猛虎会メルマガご購読者の皆々様!
今年も一年間不肖『頑張れ阪神タイガース』の駄ブログ並びにメルマガにお付き合い
頂きまして本当に有難うございましたm(_ _)m
皆々様におかれまして2013年はどんな一年間でしたか?


和田監督二年目のシーズンは2位という成績でございました。
しかし結果的にクライマックスシリーズファーストステージで敗退という悔しいAクラス
という屈辱を味わいました。
しかもシーズン後半となる9月は、首位巨人を追い詰めるどころか、3位赤ヘルさんに
迫られて冷や冷やさせられたシーズンだったと思います。
その理由は、一年間戦える体力がなかったと、アマチュアの野球チームの監督のような

コメントを残した和田監督にはあきれるばかりでございました。
しかしながら、ナインはそんな指揮官の元でもチーム一丸となって最後まで全力プレーを

魅せて、我等虎党に夢と感動を与えてくれた一年でございました(#^.^#)

さて、毎年恒例ではございますが、本年の一番1番嬉しかった試合を最後に投稿させて

いただきます。
毎年小生が球場に生観戦したシーンを投稿させていただいています。
もちらん感動的なシーンがたくさんありましたが、今年は別格のこの甲子園のラストマッチの
シーンを投稿させていただきます。
もうお分かりですね(#^.^#)本日がこの背番号24番の最後の投稿となります。

↓↓↓
■2013/10/13 試合結果

対広島 2回戦 甲子園

広|000 002 131|7
神|100 000 012|4

勝:バリントン1勝0敗0S
敗:メッセンジャー0勝1敗0S
HR:西岡ソロ1号、桧山ツーラン1号
広島:バリントン - 横山 - 永川勝 - ミコライオ
阪神:メッセンジャー - 久保 - 安藤 - 加藤 - ボイヤー - 福原
───────────
“鳥肌が立つ名シーン”

この男の一発が、猛虎の未来を救った。
和田猛虎の2013年の戦いは終わった。そして今日からまた新たな戦いが始まる。
クライマックスシリーズ第2戦!絶対に勝たねばならない試合の先発はメッセンジャー君

です!猛虎打線は先頭の西岡君が昨日までの重い雰囲気を変えるシリーズ第1号の
先頭打者ホームランでいきなり先制!しかしその後は猛虎打線になかなかヒットも
出ずにメッセンジャー君はまさにガマンのピッチングが続きます!前半戦を1点リードで
折り返すも六回に連打を浴びて2失点しメッセンジャーは降板。なんとか1点差のまま
反撃をしたかった猛虎ですが、今季抜群の安定感の中継ぎ陣が七回以降も失点を
重ねてしまいます。八回裏に柴田君が気持ちで運ぶタイムリーで1点を返し5点差で
迎えた最終九回裏の攻撃も代打上本君・3番鳥谷君が倒れますがマートン君がリーグ
最多安打の意地で出塁!ここで今季限り引退の桧山様がバッターボックスへ!
満員のスタンドからの声援を受けて振り下ろしたバットから、ライトスタンドに飛び込む
シリーズ第1号のツーランホームランが!!スタンド全体に一気に奇跡のサヨナラを
予感させるも後続が倒れゲームセット。猛虎の今シーズンがここで終了しました。
和田猛虎はシーズン2位の成績で終えるも、クライマックスで敗戦。
今日からまた来季に向けての戦いです!この悔しさをバネに!

アナフレ目線です
【クライマックス1st】★★
【10月戦績】☆★☆☆☆★
赤く染まった甲子園球場を初めて見ました!ロッテが日本一になった時以上に赤ヘル
サポーターでいっぱいだった甲子園球場。スタンドでも虎党は負けていましたね〜
そして西岡君以降終盤まで1安打しか打てなかった猛虎打線!
そして虎を背負って立つ若虎からのバットからではなく、これでユニフォームを脱ぐ
ベテランからのバットからやっと出た一発!これが和田猛虎の現状でしょう。
今季限りで引退する神様桧山様が有終の美を飾りました。
九回2死一塁に代打で出場し、ミコライオ投手の内角154キロの速球を右翼席へ運びました!
家族の前での本塁打は「初めて」でもう1度あの打ち方をしろと言われても無理。
22年間で一番自画自賛の本塁打だったかもしれない。僕にも野球の神様がいたと感慨を

込めたコメント。
現役最後の打席を2ランで締めくくり、CS敗退寸前の劇的な一打はこの日最大の見せ場と
なりました。
低迷期には4番で奮闘し、最後は“代打の神様”として愛された44歳に試合後、
「桧山コール」が鳴りやみませんでした。

有難う桧山 進次郎!(^^)!
↑↑↑


さて、皆々様におかれましても来年が素晴らしい年でありますように!
そして何処かの球場でお会い出来る事も楽しみに(^_^)v本年の挨拶にかえさせていただき、
最後に感謝の気持ちを込めて、阪神タイガースの歌『六甲颪』を斉唱させていただき、

2013年を締めくくらせていただきます。m(_ _)m

作詞 佐藤惣之助 作曲 古関裕而

♪六甲颪に颯爽と
蒼天翔ける日輪の
青春の覇気美しく
輝く我名ぞ
阪神タイガース
オウ オウ オウオウ
阪神タイガース
フレ フレフレフレ

♪闘志発剌起つや今
熱血既に敵を衝く
獣王の意気高らかに
無敵の我等ぞ
阪神タイガース
オウ オウ オウオウ
阪神タイガース
フレ フレフレフレ

♪鉄腕強打幾千度び
鍛えてここに甲子園
勝利に燃ゆる栄冠は
輝く我等ぞ
阪神タイガース
オウ オウ オウオウ
阪神タイガース
フレ フレフレフレ


画像:桧山 進次郎外野手


撮影:アナフレ猛虎会『頑張れ阪神タイガース』


撮影日:2013年9月15日


場所:明治神宮球場

author : 頑張れ阪神タイガース☆ | 07:02 | - | - |


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阪神タイガースおっかけマップ (2005)
阪神タイガースおっかけマップ (2005)

阪神タイガースを語るには何がなくてもまず甲子園球場。大歓声でマンモススタンドが揺れ、ラッキーセブンのジェット風船は夜空が隠れてしまうほど舞い上がる。みなさん人生そのものをタイガースにかけているのだ。甲子園球場はもちろん、その周辺のこと=甲子園の街並みを知っていただきたい。野球とともに歩む姿を。またたくさんの楽しい、うれしいお店がいっぱいある。タイガースOBのお店や、ナインご贔屓のスポット、ファンが集うショップ。・・・・いえいえ甲子園だけではありませんぞ。おとなり尼崎も、芦屋も神戸、大阪も・・・・関西圏をくまなく知っていただこう。もちろん関東の情報も掲載!
野村ノート
野村ノート

ところが、以外な選手に感謝されているということもある。その代表的なのが桧山である。阪神時代、桧山に対しては叱ったことはあっても、野球はこうだ、人生はこうだと懇切丁寧に指導した記憶がない。・・・・平成15年、確か優勝した翌日の新聞だったと思うが、彼のインタビューに目を通し驚いたことがある。「野村さんが阪神の監督だったときは、いっていることがよく理解できなかったんですが、今になってやっとわかってきました」・・・・・桧山のように思ってもみなかった選手から感謝を受けるのも指導者冥利に尽きる。  それにしても人生はまさに一期一会だなあと思う。赤星、藤本は阪神のドラフトリストに名前はなかった。赤星はアマからのキャンプ参加、藤本は社会人選手権大会の観戦に行って、遊撃手を探していたときに目に留まった選手である。・・・・私との縁を大切にし、「考えないよりは考えるほうがいい」「知らないより知っていたほうがいい」と私にいわれ、「なるほどそうだな」と思い、ノートをこまめに取り、そのノートを保存し何度も読み返す。こうしたちょっとの差が、いざ自分が指導する立場になったときに活き、あるいはコーチや監督という地位を得るためのチャンスとなる。逆に出会いや縁を無駄にしてしまう選手は、将来の可能性まで狭めてしまうのである。
猛虎の70年
猛虎の70年

第1章阪神タイガースとは何か・・・・おそらくクソ度胸という点では球界ナンバー1の星野仙一の背中にスーッと寒気が走ったのは、彼が阪神の監督になってすぐのことだった。・・・いや、「恐怖」すら感じたという。それは阪神ファンが試合に感動し、勝利の歌を大合唱し、それが終わると球場の外へ出て、ゾロゾロと甲子園駅に帰るのではなく、球場近くの広場に何千人と集まり、そこでも「六甲颪」の大合唱をやるのだ。ファンはやがて甲子園の駅に移動する。この甲子園駅でもまたも「六甲颪」の大合唱となる。それでも終わらない。阪神電車に乗り込んだファンはそのまま梅田の駅で降りて、その梅田駅コンコースでまたまた「六甲颪」の大合唱である。これが深夜まで続くのだ。「お前ら、あれが聞こえるか?俺達はあの熱狂的なファンに対する責任があるんだ。もしあのファンを裏切ったら・・・・俺はどうなるか知らんゾ」・・・・「俺は勝ちたいんや!そのためにはどうするんや?俺はファンに喜んでもらいたいんや・・・・・」なんとも野暮なセリフである。だがかつて阪神の監督としてこんな直接的な言葉を発した指揮官はいなかった。少年のように「勝ちたいんや!」と絶叫する星野仙一。監督室まで聞こえてくる大合唱、そして海鳴りのようなファンの”鼓動”が星野仙一をギリギリまで追い詰めていったのである。そこには「日本一わがままで、日本一熱心で、日本一我慢強い」と星野が評したファンの姿があった。
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密
巨人軍かく勝てり―V9達成の秘密

チームプレーとは「チームワーク」=「人の和」よりさらに深い考え方で、“人間集団におけるモラルから、グランド上のプレーに至るまで、あらゆる人間行動を網羅した広い考え方”といってよいと思う。
簡単な具体例をあげよう。
いまここで二人の人間がキャッチボールを始めるとする。ボールを握って投げる側は、次のように考える「相手が取りやすいところへとりやすいスピードで投げてやろう。投げ返す時のことも考えて胸元へ投げてやろう」そう考えて投げる。
一方受ける側はどうか。相手がそう考えて投げてもミスすることがある。だから相手の気持ちを察して、「万一とりにくいボールがきても、何とか受けてミスを未然に防いでやろう」この二人の「思いやり」がチームプレーの根本精神である。
 このちいいさな「思いやり」は、やがて「自分の義務と役割を完全に履行」することに広がり、チームのために「自己犠牲」をいとわず、「助け合い」、そしてチーム全員に「感謝」するところにまで高められていく。
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは
巨人軍論 ――組織とは、人間とは、伝統とは

チームの要だったON
『チームを預かることになったとき、いつも私が手本としてきたのは川上哲治監督であり、川上監督が率いたV9時代の巨人というチームであった。それではV9巨人のどこが素晴らしかったのだろうか。まずはなんといっても王貞治と長嶋茂雄、すなわちONの存在をあげないわけにいかない。ONは長らく巨人の3番4番に座り続け常にチームの中心であり続けた。ただし私がこの二人を高く評価するのは、彼らが記録や数字を残したからという理由ではない。彼らが中心選手としての役割と責任をまっとうしていたという事実が大きいのである。私は「中心選手はチームの鏡でなければならない」と述べたが、王と長嶋は、まさしくそうであった。他の選手の模範であり続けたのである。そこが凡百の「四番」とONのちがうところなのである。

…その意味で、私は阪神の金本知憲を高く「評価」している。現在の球界で真の「四番」といえるのは彼くらいだろう。彼は少々の故障くらいでは試合を休まない。チームへの忠誠心も高い。金本が移籍してきてから、阪神の選手の意識が明らかに変わった…金本の野球に取り組む態度を見れば、まわりの選手も自然と「このままではいけない」と感じるようになる。また若手選手が直接叱るより先輩が叱ったほうが叱られた若手のショックは少ない。ここ数年の阪神の躍進には、この金本の存在が大きく寄与している』

ドジャースの戦法
ドジャースの戦法

『投手は自分の左側に球を打たれたらすぐさま一塁に向かってスタートする習慣をつけなければならなぬ。ゴロであろうとライナーであろうと変わりはない。直ちに一塁に突進せよ。適当な時に投手がマウンドを離れなかったためにゲームを失ったためしは多い。打球が左側にきたら、投手は真っ直ぐに一塁にスタートし、塁に近付いたらスピードを緩め、右足を塁に触れて、一塁手からの投球を待ち受ける。球を受け取ったら走者との衝突をふせぐために、ファウルラインの内側を二、三歩走り続けるが、この場合もし他の塁にも走者がいたら、投手はできるだけ早くとどまり、必要に応じて他の塁に投球する用意をせねばならない。
走者の足が遅いか、又は他の理由で投手がゆっくり一塁に間に合った時には、塁上で止まって、こちらに投球しようとしている野手の方に向き直り、一塁手のような身のこなしで、体をのばしたり、どちらかの側へ動いたりして、一塁手の代わりをつとめなければならぬ。』
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」
背番号三桁―「僕達も胴上げに参加していいんですか?」

「アホか、みんないいから出ろ!お前たちも行け!」優勝が決まった瞬間、ベンチから選手が一斉に飛び出した。星野はすぐさま裏方に対して叫んだ。
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ
「尾張メモ」の全貌―情報は盗んで活かせ

虚像がユニフォームを着ている

広岡監督殿

巨人偵察記・巨人の実像・私が過去三十年、対巨人と戦ってきた印象からみると、最低の巨人といっても過言ではない。人気という点では昔と雲泥の差があっても、実技つまり野球のすべてに対する取組む姿勢が欠けていること。緻密性がない。個人的には優秀な人材はおりますが、チームプレー1つをとってみても投手は三本間に三塁走者を挟みながら、生かしてしまうランダンプレー等がその例。一発で刺さねばいけないプレーをウロウロして生かすということは、過去の巨人では考えられないことです。極端な表現ですが、巨人のユニフォームを着ている虚像にすぎない。−こう断言できます。

このくらいのチームが優勝することはちょっと考えられないことだが、優勝をバックアップしている審判団の判定が大きく作用していることは申すまでもありません。私自身がこの目で見ても、巨人がパ・リーグであれば、近鉄クラスの実力と見ます。それで人気だけが物凄い、まさに虚人です。・・・・・・
1983年10月15日
阪神タイガース
阪神タイガース

序章 黄金時代の幕開け
”遂に来たタイガースの時代”
『この世の春、である。長い長い苦難のときを経て、とうとう阪神タイガースの時代がやって来た』
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)
覚悟のすすめ (角川oneテーマ21 A 87)

これまでのプロ野球生活で、胸を張って自慢できることがひとつある。

それは、

「たとえお金にならないことでも、やるべきことを、全力を尽くしてやってきた」

ということだ。

2000年5月12日の第三打席を最後に、翌年9月28日の横浜戦第二打席まで、私は1002打席にわたって一度も併殺打を記録しなかった。これはあまり知られていないが日本記録である。
ただ、常に全力疾走を心掛けていなければ達成できなかった記録でもある。それを私は誇りに思う。

連続フルイニング出場にしても、「すごい」とほめられはしても、直接お金として返ってくるわけではない。

それでも私は、セーフになるチャンスがあれば、一塁に全力疾走する。果敢にボールを追うし、つねに次のベースを目指そうとする。なぜなら

「たとえお金にならないことでも、全力プレーするのがプロ」
そう思っているからである。

「いつケガをしてもいい」そういう覚悟で私は常に試合に臨んでいる。

それが、これまでの私のプロ野球生活を支えた信念であり、いまもつねに自分自身にいいきかせているモットーである。