アナフレ猛虎会

皆様こんにちは。アナフレ猛虎会 通称”頑張れ阪神タイガース☆です。
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巨人V9研究その2

2006.03.20 Monday

V9研究その1では宿敵巨人の輝かしいV9の栄光を語りましたが、ここで我等が阪神タイガースの歴史も振り返ってみます。

V9がスタートする前年の1964年のセ・リーグ覇者は、藤本定義監督率いる我等が阪神タイガースであることは前記しました。
前年のオフに小山氏との電撃トレードで大毎から阪神にやってきた山内氏が4番に座り続け、助っ人バッキー投手が大車輪の活躍で、村山氏と石川録氏も踏ん張り「投手王国」を形成。三原大洋に競り勝ち、2度目のリーグ制覇を飾りましたが、日本シリーズでは南海に4連敗と涙をのみました。

65年からキャンプ地が高知・安芸に移り、他球団に先駆けいわゆる地元と組んだ「タイガータウン」としてスタート。
シーズンでは村山氏が25勝、バッキー氏が18勝も、打線がじり貧でチーム打率はリーグ最下位で3位。

そして巨人のV9はこの年から始まるのです!
66年は藤本監督が総監督となり、杉下新監督になるも、Bクラスに低迷して新監督は8月に休養。再び藤本総監督が登場するも3位。
この年のドラフトで、大型左腕江夏氏が入団。阪神の新しいエースが誕生しました。
ドラフト1位の豪腕ルーキーは1年目からローテーションに入り、29試合に先発、その
うち8試合で完投するが、12勝13敗で負け越し。この江夏氏と村山実氏、バッキー氏の3人を投手陣の柱に藤本阪神は巨人に挑みましだが、圧倒的な巨人の力に屈し、貯金10ながらも3位に甘んじました。

翌68年、2年目を迎えた江夏氏の快投にファンは酔いました。
シーズン奪三振世界記録の401個を樹立!

日本記録となる354個目の三振を王選手から奪ったその翌日に、あの有名なバッキー氏と荒川氏の大乱闘事件が勃発!それがあとあとまで響き3位。

六大学のスター田淵氏が69年入団。22本塁打で新人王に輝く活躍をしましたが、後藤監督の元優勝争いをするも2位に終わります。

投手兼任の33歳の村山青年監督が就任した70年は、若さと情熱で巨人に立ち向かうも、なんと貯金が28でも優勝できず2位。それほど巨人の強さはずば抜けていました。

翌71年江夏氏がオールスターで9連続三振を奪う大記録を樹立。だだチームは田淵氏の故障が響き屈辱の5位転落。

投手に専念するために金田監督に指揮を移譲したのが72年。しかし巨人との決戦となった9月に負けが込み、ついに村山氏は64年以来の優勝を果たすことなくユニフォームを脱ぎました。

そしてV9の73年は語り草になった最終戦。対巨人との直接対決、どちらか勝った方が優勝決定の大一番でしたが、結果は9対0の大敗。
怒りがおさまらない甲子園のファンが巨人ベンチを襲撃するという史上最悪の事件を起こしてしまいました。

その後も85年の優勝までに長くて辛い時代が続いたのは皆様周知のとうりですね。

参考文献:『阪神タイガース猛虎70年史伝説』ベースボールマガジン社

☆頑張れ阪神タイガース☆

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